| 毎晩夜になるとだれかとパブへ出動のおいらですが、地元のおじさんたち ともなんだかいつのまにやら酒盛りしてやした。 その中のボス風のおじさんがいてなんでもマッドマックスで死んだのはダチだ っていってたよなーっ。 飲んでいると突然マスターがあの人からってビールだって、えっでも、もらえな いよっていうと飲んでもらえないとあの人に怒られるって。 せっかくの好意なのでチェアーっすておもわずかんぱーい☆ いつのまにやら地元の警察の人もまじっていていっしょに飲んでおりました。 ただボス風のおじさんのシャツが おーっと ぜったいこれは日本ではきれない ぞーってシャツで思わず空いた口がふさがらないものを着てました。 なんせ、シャツに巨大な男のシンボルが描いてありそいつに目がついているん でありやす。 うえーっきもちわりーっ、絵でかいてあるのですが。 ちょっと日本でこんなの着たら外はあるけないなーって代物でした。 翌日、シドニーの英語学校でいっしょだつたヒデさん達がケアンズにいると 聞いたのでおっひさしぶりって道をいそいでいたら、ポケットから小銭とドルが バラリと落ちてしまい。 わーっと拾っていたら、親切にひろってくれる人がいた。 しかし、拾ってくれている時にポケットにドル札をくすめたところを見たので。 ここでサンキューなんていったら日本人ってちょろいとか思わせると後々まず いと思ったので。 おれは見た返せって! おもわずどなりつけてました。 最初はとぼけてたけど、やがておまえこれできるかって。 準備運動をはじめた。 これは空手の時の準備運動とおなじなのでいっしょにやっていると おれはオーストラリア人じゃない。 わるかった、ゆるしてくれとあやまってきた。 申し訳なかったよかったらいっしょに酒を飲みにいこうといってきたのだけれど。 ここで気を抜いてこいつといっしょに本当に飲みにいったらどうなるかなって。 ここは用心して一緒にいかないに限ると思い。 先をいそいでるのでって断ったんだ。 結構旅行をしているとヨーロッパやアメリカなど図体のデカイ連中と相部屋に なったりするんだけど、だいたい日本人と聞くと空手や柔道をやっていたのかっ て聞いてくるので両方やっていたって言っておくんだ。 多少はハッタリも必要でありやす、ついでにじいさんはサムライで親父は忍者 だっていえば完璧かな (^^)
かな、ケアンズの海はあまり奇麗じゃないけど港からちょっと出ると、グレートバリアリ ーフがとても奇麗なんだ。 ケアンズでは相変わらずいろんな人と話をしたんだけど。。。 特別に仲良しになったのがガービーとトレクシ−なんだ、この二人はいとこ同士なんだけど 西ドイツのフランクフルトから来てて、ドイツ人と日本人は気質が合うって聞いてはいたけど 特にガービーとは親しくなりやした。 ガービーって身長176センチ程あるんだけど海岸を散歩してるとどうもデコボコ・コンビな んだよね。 そうそう、ガービーは数学の先生で、ドイツの事をいろいろ教えてくれたんだけど、それとア ラビア語も勉強していたからアラビア語も教えてくれた。 アッサラームアライクム(こんにちはだったと思う) マズムイキ、マッハラー・・・等々 ガービーは僕より2才歳上だつたんだけど、はじけてるタイプでなくて、落ち着いた感じの子 でありました。 俺が英語がうまく離せなくて困ってるって相談したらガービーも、ドイツ人だから自分も英語 が流暢に話せる訳ではないので、時々困るっていっていたんだよね。 結構いっしよにいると落ち着けるタイプの子で、この時も一緒にフィツロイ島にいったんだけど、 フィツロイ島にいっしよに遊びに行った時にヌーディストビーチに行ってみようヨ! って誘われて港の反対側のビーチにいったんだ! あいにく天気が悪かったため。 誰もいなかったっちゃ−ね。 でもその時はホッとした。 えっなぜ・・・そ、それは〜っ。 ヌーディストビーチで一人パンツをはいていたら 逆に恥ずかしいと聞いていたので。。。 それから一緒に山上りをして。 帰ったんだけど、帰りの船はゆれるしおまけに海の色が、さんごの境目毎に変化して奇麗と言う よりも気持ち悪くなってしまいました。
グリーン島、フィツロイ島と満喫したのち、ケアンズに戻ったおいらはふとFOR SALEの掲示 を良く見かける事を思いだし。車を買って移動ようと考えたんだ。 そこでユースにいた旅行中の日本人に話かけたんだ、それがタカさんと竜ちゃんでありやす。 結局もう一人加わり四人で車を購入し旅をすることになりました。 早速イギリス人旅行者に交渉して車を4万円で購入しました。 登録手続きをして。 一人あたり1万円。 まあ後部座席のドアの開かないおんぼろだったけ ど楽しかった。 乗り降りはどうしたって、へいへいそれは。。。 もちろん窓から出入りしておりました。(^^) さあ、いよいよ明日出発するって事になって、ドイツ の子にお別れにいったら・・・ガービーがメルボルン についたらここに電話してって連絡先を教えてくれた んだ。 翌朝、いざ〜出発−−−! ケアンズを後にする僕達でした。
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| 2000/06/13 更新 |